十三と壁画の現在地は?『希望の系譜』移設記念イベントレポート
- 6月30日
- 読了時間: 7分
更新日:7月2日

2026年5月31日、大阪・十三。ホテルプラザオーサカによるクラウドファンディングの成功を受け、万博壁画『希望の系譜』が同ホテルの屋外へと移設されました。完成披露会、壁画ツアー、トークショーの3つのイベントの様子をお届けします。
壁画が十三のホテルへ
今回移設された『希望の系譜』は、2025年に開催した大阪・関西万博の西ゲートに描かれた作品です。長年十三に根付いた施設を運営してきたホテルプラザオーサカのサポートの元、BAKIBAKI氏率いる淀壁実行委員会が実施したクラウドファンディングが成功し、万博閉幕後の移設先が決まりました。万博閉幕後も消えることなく、十三の街に残ることになった作品。
最終修復工程を終えた壁画がホテル屋外に設置された午後2時、支援者や地域の関係者たちが見守るなか、披露会がスタートしました。会場では、クラウドファンディングのリターンである「銘板」の設置も完了。支援者の名前が刻まれた板が壁画とともに並んでいました。


淀壁32作品を歩いて巡る、1時間のツアー
完成披露会に続き、「淀壁(YODOKABE)」の作品を巡るツアーが開催されました。
淀壁とは、2021年のコロナ禍、BAKIBAKI氏とWALL SHAREが「大阪・淀川エリアを壁画の聖地に」というビジョンのもとで立ち上げた非営利の壁画プロジェクトです。第1作目は、医療従事者へのリスペクトをテーマにしたナイチンゲールの肖像壁画でした。
それから5年、十三を中心に国内外のアーティストを招いて壁画を増やし続け、オーストリアのNychos、タイのAlex Face、ブラジルのTITI FREAK、インドネシアのDarbotz、アメリカのLauren YSやDragon76など多彩なアーティストが参加。2024年末までに25作品を達成し、大阪・関西万博に向けた「30壁画」という目標を掲げて活動を続けてきました。
第1作目のナイチンゲールから、今回の移設壁画で32作品目となる淀壁。世界中のアーティストがこの街で作品を残してきました。参加者たちは実際に街を歩きながら、それぞれの作品に込められたストーリーに触れていきました。ホテルプラザオーサカを出発し、淀川区内に点在する壁画を歩いて巡るおよそ1時間のルートです。







登壇者4名が語る「アフター万博の淀川」
壁画ツアーを終えた一行が向かったのは、十三レッドカーペット。17時、淀壁プロジェクトを並走してきたWALL SHARE代表の川添をファシリテーターに、「アフター万博の淀川」と題したトークショーが始まりました。「今日は万博が終わった後の淀川を、どうしていくか——ぶっちゃけた話をしましょう」という川添の一声で、区長・ホテル・企業・アーティストという、ふだん同じテーブルにはなかなか座ることのない4人のトークが幕を開けました。
登壇者
淀川区長 古川 吉隆氏
株式会社プラザオーサカ 菅原 真太郎氏
太陽工業株式会社 能村 祐己氏
アーティスト/淀壁実行委員会代表 BAKIBAKI氏
司会進行
WALL SHARE株式会社 川添孝信

「明日壊しますって言われて」。淀壁の原点
まずBAKIBAKI氏が、淀壁の始まりを話し始めました。コロナ禍で仕事がストップし、「住んでるエリアで何かできないかな」と淀川区役所へ相談。旧区役所の壁に描く話が出たものの、行ってみたら「明日壊します」という状況で、急きょ別の壁を紹介してもらったそうです。そこに医療従事者へのリスペクトを込めてナイチンゲールを描いたのが、淀壁の第1作目でした。


バキ柄の隙間にひっそり忍ばせた淀川区キャラクター「夢ちゃん」、「これ誰の絵?」と地元で噂になったナイチンゲールの顔——思わず笑いが起きるエピソードも交えながら、そこから世界各国のアーティストが集まるプロジェクトへと育った経緯が語られました。
川添(WALL SHARE株式会社・代表)が「淀壁ってこの5年で街の雰囲気、変わりましたよね」と問いかけると、菅原真太郎氏(株式会社プラザオーサカ・代表)が「淀川区のメンバーが集まって"何かやろうぜ"ってなる時、大体の共通言語が壁画やアートという言葉になってきたんですよね」と表現。壁に描かれた絵が、いつの間にか人をつなぐ接点になっていたという話でした。

乗り換え駅を「目的地」に変えるには
「十三は経過地なんです」と口火を切ったのは、能村祐己氏(太陽工業株式会社・代表)。東京ドームの屋根や大阪万博パビリオンの膜構造を手がけてきた会社が本社を置く地元・淀川区の課題を、能村氏はこう語りました。「神戸へ行くために乗り換える駅、という役割を変えたい。金沢21世紀美術館があるから金沢に行く、直島のアートを見たいから直島に行く、そんなふうに十三にも来る理由を作りたい。わが持論です(笑)」。

川添が「東京目線ではどうですか?」と東京出身の古川吉隆氏(淀川区長)に振ると、こんな答えが返ってきました。「梅田から1駅・3分の場所に、まだ人が住めて、壁に絵が描けて、飲食店がごった煮の街があるって、東京じゃちょっと考えられないですよ。大阪はまだ柔軟で、伸び代しかない」。さらに旧区役所跡地のジオタワーに開設した、3つの図書館を含む複合施設「十三クロス」や、2026年8月オープン予定の飲食店の屋台が集まる「ミナモ十三」など、区内で動き始めた新しい取り組みも紹介されました。

ちなみに古川氏、淀川区に着任した日、区役所のエレベーターホールからナイチンゲールの壁画が見えて「あ、ここ壁画の街なんだ」と思ったそうです。BAKIBAKI氏との縁はそれより後だったというエピソードに、会場から小さな笑いが起きました。

「十三ブルックリン」の先に何を見るか
地価上昇、タワーマンション建設、2031年の新線開通。万博後の十三には、変化の波が続いています。BAKIBAKI氏が「十三ブルックリン」という言葉を持ち出したのは、その流れへの問いかけでした。マンハッタンの地価高騰で行き場を失ったアーティストがブルックリンに渡り、街を変えた。そこまではよかったけれど、今度は高級住宅地化が進んで元々の住人が住めなくなったというブルックリンの歴史。「同じことが十三でも起きかねない。開発を否定したいわけじゃないけど、古いものを活かしながら新しくなっていくことが大事だと思う」。
川添が「それ、どう折り合いをつけるんですかね」と問うと、古川氏がひとこと。「共存ですね。共存のやり方を見出していくきっかけに、今日しましょう」。この日いちばん印象に残った言葉かもしれません。

アーティストを「見せる」ことが、次の世代をつくる
10代をフランスで過ごした能村氏が、興味深い話をしました。フランスの美術の授業は、教室ではなく先生のアトリエで行われる。生徒はアーティストの実際の仕事を間近で見ながら学ぶ。「野球を見たことない子に筋トレだけさせても実感が湧かない。甲子園で実際のプレーを見て初めて"俺もなりたい"ってなるじゃないですか」。十三には現役アーティストたちが活動する現場がある、それを子どもに見せられる街はここだけだと力を込めました。
菅原氏(プラザオーサカ)はそこからもう一歩踏み込みます。「見せるだけじゃなく、壁の一部を子どもたちにも描かせてほしい。大きくなった時に"この壁、私が描いたんや"って言える体験が、アートに関わる人口をじわじわ増やしていく」。川添が「関係人口の話でいうと、どう入り口を作るかですよね」と受けると、古川氏も「立ち寄る理由を作ること」「体感したことが"また来たい"につながる」と語り、話はより具体的な街の動かし方へと広がっていきました。

観客からの質問も盛り上がりました。「十三駅のホームに壁画があれば"壁画の街"の顔になるのでは」という声や、「ミュージアムグッズと同じ感覚で、バーやホテルでアーティストのグッズが買えたら面白い」などの意見も。会場の空気は終始、柔らかく、和やかに進行しました。
最後に、BAKIBAKIが描く「次の夢」を語って締めくくりとなりました。「日本のここにしかないものだけをやりたい。そうすれば十三は、確実に世界中からの目的地になれる」。完成披露会から壁画ツアー、トークショーへと続いたこの日。壁画の移設という出来事を軸に、淀壁の歩みや十三の現在地、この街をめぐる様々な立場からの考えが交わされました。
アフター万博の淀川区で、壁画プロジェクトは次の章に入っています。
取材・執筆:MURALITHM編集部(小倉ちあき) 撮影:lio
今回のイベント 『希望の系譜』 移設記念イベント 2026年5月31日 開催
淀壁プロジェクト 大阪市淀川区在住のアーティストBAKIBAKIが発起人となり、壁画プロデュース会社WALLSHARE株式会社と運営する非営利の壁画(ミューラル)プロジェクト。2021年3月、淀川区役所近くの建物に医療従事者への敬意を込めたナイチンゲールの壁画が制作されたことを契機に発足。2025年の関西・大阪万博に向け、十三エリアを中心に淀川区全体を「壁画美術館」とすべく、国内外アーティストによる壁画制作を実施しました。 https://www.yodokabe.net/
MURALITHM編集部
オウンドメディア「MURALITHM(ミューラリズム)」は、WALL SHARE株式会社のメンバーが自ら取材・制作を行う公式メディアです。ミューラルにまつわるプロジェクトの舞台裏を、現場の熱量そのままに言語化。完成したミューラルの美しさだけでなく、アーティストの思考プロセスや社会とアートが交差する瞬間の記録をお届けしています。







